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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(行ツ)86号 判決

上告人 奥村一正

被上告人 内閣総理大臣 外一名

主文

被上告人総理府恩給局長に関する部分につき本件上告を棄却する。

被上告人内閣総理大臣に関する部分につき本件上告を却下する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人上田誠吉、同荒井新二の上告理由第一点について。

恩給裁定についての審査請求が法定の期間経過後になされた不適法なものである場合には、右審査請求は本来裁決で却下を免がれないものであつて、たとえこれに対し実体審理のうえ棄却の裁決がなされたとしても、右裁決は、恩給法一五条ノ二所定の「審査請求ニ対スル裁決」にあたらないものと解するのが相当である。そして、本件審査請求が法定の期間経過後になされた不適法なものであることは、後に第二点について判示するとおりであるから、本件の棄却裁決は前記の「審査請求ニ対スル裁決」にあたらないものというのほかはない。それゆえ、本件裁定取消しの訴えは、前記の「審査請求ニ対スル裁決」を経ないもので不適法であり、これと同旨の原審の判断は正当である。

論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚して原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同第二点について。

本件審査請求が、本件異議決定のあつたことを知つた日の翌日から起算して恩給法一四条一項所定の六か月の期間を経過した後になされたものであることは、原審の確定するところである。ところで、所論は、被上告人総理府恩給局長(以下局長という。)が行政不服審査法(以下行審法という。)四七条五項(五七条とあるのは上記の誤記と認める。)の規定に違反して本件異議決定書に審査請求期間を教示しなかつたから、上告人に対し審査請求期間徒過の不利益を課しえない、と主張する。本件記録によると、本件異議決定書に右の教示がなされていなかつたことは所論のとおりであるが、行政庁が異議決定書に記載すべき審査請求期間の教示を怠つた場合に、審査請求期間の進行が妨げられるものと解すべき根拠はなく、なお、本件記録によると、本件裁定書には、処分のあつたことを知つた日の翌日から起算して一年以内に異議申立てができる旨の教示がなされていることが認められるところ、仮に、上告人が本件異議決定書に審査請求期間についての教示がなされていなかつたことから、本件裁定書に教示されていた異議申立期間がそのまま審査請求期間にも妥当するものと誤信したために、法定の期間内に本件審査請求をしなかつたことが、行審法一四条一項ただし書所定の「やむをえない理由」に該当すると解する余地があるとしても、本件記録によると、上告人は昭和三九年八月二三日に本件審査請求をなしうる期間が本件異議決定のあつたことを知つた日の翌日から起算して六か月であることを知つたこと、それにもかかわらず、上告人が本件審査請求をしたのは昭和三九年九月一日であることが認められるから、本件審査請求は、同条二項所定の期間経過後になされたものといわざるをえず、したがつて、同条一項ただし書の規定を根拠にして、これを適法なものと解することはできない。それゆえ、上告人の本件審査請求は、法定の期間経過後になされた不適法なものというべきである。なお、所論は、本件審査請求が行審法五八条の不服申立てに該当すると主張するが、それによつて、いかなる法的効果を主張しようとするのかが不明であるのみならず、本件審査請求を右不服申立てと解する余地は全くない。

論旨は、ひつきよう、独自の見解に立脚して原判決を論難するものであつて、すべて採用することができない。

同第三点について。

本件審査請求の適否は、本件裁定取消しの訴えの適否に関するものであつて、職権調査事項に属するから、局長の主張のいかんによつて、その判断が左右されるものでないことはいうまでもない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

なお、原判決のうち、上告人の被上告人内閣総理大臣に対する本件裁決取消しの訴えに関する部分については、上告人は、上告の理由を記載した書面を提出していない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、三九九条の三、三九九条、三九八条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸盛一 大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸上康夫)

上告代理人上田誠吉、同荒井新二の上告理由

第一点原判決には恩給法一五条ノ二の解釈適用について判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。

一 原判決が引用する一審判決は次のようにいう。

内閣総理大臣が「行政不服審査法一四条一項但書にいう『やむをえない理由』なくして審査請求期間を徒過した原告の審査請求について実質的な判断を下したことは、本来審議すべからざることについて審議した違法の措置であつて、このことによつて不適当な原告の審査請求が適法となるわけではない。されば、原告の被告恩給局長に対する訴えは、恩給法一五条ノ二所定の審査裁決を経ないで提起された不適法のものというべきである」から、上告人の訴えを却下すると。

二 一、二審判決が上告人の訴えを却下した終局の理由は、上告人の訴提起が審査裁決を経なかつた、という一点にある。しかし、上告人の訴えの提起が、内閣総理大臣の昭和四一年一一月九日付審査裁決を経たものであることは一件記録に徴して明白である。

三 一審判決は前記審査裁決は「本来審議すべからざることについて審議した連法な措置」であるという。なるほど行政不服審査法四〇一条一項は「審査請求が決定の期間経過後になされたものであるとき」は「当該審査請求を却下する。」と定めている。前記審査裁決はこの規定に反した違法のもの、ということができるかも知れない。しかし、違法な裁決であつたとしても、それが裁決として存在しなかつたということはできない。当然に無効な裁決として、それは不存在と同義である、というわけにはいかない。瑕疵ある裁決であるとしても、それは裁決として実在するのである。従つて本件訴を「審査裁決を経ないで提起された不適法なもの」ということは到底できないのである。

四 そもそも恩給法一五条ノ二が出訴について裁決の必要的前置を要求したのは、裁決手続によつて救済されうる行政上の権利侵害については、できるだけ恩給法上の不服審査手続によつて救済をはかるべく、いたずらに訴訟手続にたよることをできるだけ少くしようという趣旨に出たものであることは明白である。前記裁決はともあれ実体的判断をおこなうことによつて上告人の請求をしりぞけたのである。それは、たとえ「審議すべからざることについて審議した違法の措置」であつたとしても、その内容として実体的判断によつて上告人の請求を棄却したものであることにまちがいはない。つまり、行政不服審査手続のうえでは、実体的に棄却されることを判断したのであつて、もはや行政不服審査手続のうえでは実体的理由によつて救済されえないことが確定したのである。裁決の必要的前置を定めた恩給法の趣旨はここでは生かされきつているのである。

ひとたび内閣総理大臣がたとえまちがつていたとしても実体的判断を下した以上は、裁決は存在するのであるから、本件訴えは「審査裁決を経ないで提起された」ものではありえない。

この点について原判決の判断のあやまりは明白である。

第二点原判決には行政不服審査法一四条、五七条、恩給法一四条などの解釈適用のあやまりがあり、判決に影響を及ぼすことが明白である。

一 行政不服審査法五七条は「不服申立をすることができる期間を教示しなければなら」と定める。そして、行政庁がこの教示義務に違背した場合の救済については具体的な定めを欠いている。

ところで本件の異議申立棄却決定に際して、不服申立期間を含み、教示がなかつたことは〈証拠省略〉の記載に徴して明白である。

二 法は教示義務違背があつた場合の効果について、具体的規定を欠いているが、しかし行政不服審査法全体の構成とたてまえから考えて、教示がなかつた場合には期間徒過を理由に不利益を科しえないものと考えるのが相当である。

法は「国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図る」ことを目的としている。行政庁が手続上の義務違背をすることは一般的にみて容易に考えられないところであつて、むしろ法が教示義務を明定する以上は、一般に教示がおこなわれることを前提にして、法全体のたてまえがくみたてられているものと考えられるから、教示があつて、はじめて期間徒過の不利益を国民に科することができるものと解すべきであろう。手続条項に関する「法の不知」を理由にして救済を拒絶するという、いかにも官僚主義的なやり方をあらため、そのような場合の絶滅を期するのが、行政不服審査法の立法のねらいである。

法は期間の教示義務を定め、その教示にもかかわらず、期間を徒過した者に対してはじめて救済を拒絶することを定めたものである。

行政庁の側がまず義務違背をおかしておいて、その不利益を「法の不知」を理由にして国民の側に帰せしめるのは、いかにも公正ではない。

三 そこで、本件の場合には、総理大臣は上告人のおこなつた審査請求は期間経過後であつたにもかかわらず、教示のなかつたことを重視して実体的判断をおこなつたのである。いまさらその判断をおこなつたこと自体の違法を論ずるのは本末てん倒であろう。

四 本件審査請求は、少くとも行政不服審査法五八条による不服申立とみることができよう。この場合は審査請求とみなされるのであつて、本件不服審査手続には上告人の側に瑕疵はないのである。

五 したがつて上告人の審査請求については期間徒過を問いえないものであるにもかかわらず、原判決はこの点について行政不服審査法一四条、五七条、恩給法一四条などの解釈適用をあやまつて、これを期間を徒過したものと判断した違法がある。

第三点原判決には行政手続において要求される公正の原則をあやまり適用した違法があり、判決に影響を及ぼすことが明白である。

一 本件において被上告人内閣恩給局長は自ら法律上の義務に反して期間の教示をせず、その法律違反については口をぬぐつて上告人の請求の期間徒過による不適法を主張し、また被上告人内閣総理大臣はひとたび審査請求について実体判断をしておきながら、手のひらをかえすように「審議すべからざることを審議した」違法な裁決であると主張する。

二 このような不信義なやり方は、どう考えてみても常識が許さない。自ら二重の違法をおかしながら、その結果としての不利益を上告人に負担させる、というのは、行政手続における公正の原則をふみにじるものというべきである。教示をしなかつたために、期間徒過を理由として審査請求を排斥しえず、自ら実体判断をしておきながら、今になつてそれはまちがいであつたから不利益は上告人に帰せらるべきである、などと主張することは、通常の世間では通用しない理屈であつて、それが国民と行政庁の間でだけ通用するという理由はなかろう。

以上

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